横浜綜合法律事務所 コラム

松田 隆宏「主婦休損について」

ある土曜日のこと。妻が友人の結婚式に出席する予定があるということで、私が、1日、1歳半になる息子の世話と家事を引き受けることになった。

午前6時半頃に息子とともに起床し、朝食の準備をして、息子に朝食を食べさせる。納豆はよく食べてくれるが、白米は進まず、苦戦。1時間程度かかってしまう。
午前8時前に、ごみ出しをし、洗濯機を回す。洗濯が終わったら、慣れない手つきで洗濯物を干す。ああ、30分もかかってしまった。この間、退屈している息子に、録画していた幼児向け番組を見せて何とか耐えしのぐ(駄目な父親だ)。
午前10時頃、息子が幼児向け番組に飽き始め、玄関で靴を履こうとする仕草を繰り返すので、息子と近所の公園に出かける。息子と一緒に、公園で鳩を追いかける。

正午前に帰宅し、息子の昼食の準備をして、昼食を食べさせる。昼はレトルトになってしまった。夕食は、ちゃんと自炊するからね。
昼食を食べて少し休憩したら、昼寝のために息子を寝かしつける。私も一緒に少し昼寝。
息子が起きたら、部屋に掃除機をかける。息子がコンセントを抜くというお手伝いをしてくれてなかなか進まない。
午後3時頃、近所のスーパーに息子を連れて夕食の買い物に行く。息子にねだられて、アンパンマンの野菜ジュースを買ってしまった。妻には内緒にしておこう。

午後5時頃、洗濯物を取り込み、夕食の準備をする。さつまいもと白菜、にんじん、豆腐の味噌汁を作った。なぜかもう午後6時だ。あとは、しらすと里芋の煮物だ(出来合いの)。
午後7時頃、息子と一緒に入浴する。最近、一緒に入浴すると、息子は、なぜか私の足だけタオルで洗ってくれる。息子がしゃべれるようになったら理由を聞いてみよう。
午後8時頃、歯磨きを嫌がる息子と格闘し、何とか就寝。やっと1日が終わった。
いや、まだ洗い物とアイロンかけ、洗濯物たたみが残っているではないか。家事労働に定時などない。
午後10時頃、何とか1日の家事を終えたところで、妻が帰宅。

交通事故による損害賠償において、家事労働者の場合には、いわゆる「主婦休損」として、傷害のため、家事労働に影響が生じた期間につき、女性労働者の平均賃金額を元に、家事労働の休業損害として賠償がなされる。
これを金額にすると、1日あたり、1万0211円(平成27年度賃金センサス)になる。
これを高いと思うか、安いと思うかは、人それぞれだと思うが、少なくとも、私は、もう少し高くてもよいのではないか、そう思ったある土曜日の夜であった。

4月 25, 2017

鶴井 迪子「弁護士の役割」

皆さんは、弁護士についてどのようなイメージを持っているだろうか。
弁護士事務所に行くというのはもうよっぽどのトラブルで、おいそれとは相談できない。
弁護士が入ったらもう裁判しか道はなく、相手方と最後までバチバチ戦うことになる。
こんな思いを持っている人は、意外とまだ多いのではないだろうか。

もちろん、我々弁護士が入ったからには、最終的には訴訟等法的手続も厭わないというのが基本であり、ご想像通り相手方に厳しい態度で臨むことも多い。
ただ、紛争というのは本当に千差万別であり、また依頼者である企業や個人の望み悩みもそれぞれである。
依頼者の話と相手方の話を聞いてみると、何のことはない、ちょっとした行き違いで関係が硬直化してはいるものの、双方の見解にそれほどずれはなかったことが分かり、すぐに解決できるといったこともあるし、単に片方があるいは双方が感情的になっていただけで、弁護士が入って落ち着いたことで和解に至るケースもある。
また、訴訟になった場合のメリットデメリットについてそれぞれの弁護士からアドバイスを受けた双方当事者が比較考量を行い、時間をかけて訴訟をするよりここで解決した方が双方にとって良いだろうとの結論に至ることもある。
更に言うと、訴訟を提起した場合でも、裁判所が一方的に下す「判決」まで行かず、双方当事者合意のもとなされる「裁判上の和解」で紛争が終結するケースも多々ある。
人間誰でもできれば他人と険悪な関係にはなりたくないであろうし、争いを好まない日本人の性格も影響しているかもしれない。

我々弁護士は、当然のことながら、争いや勝負をすることが目的ではなく、依頼者の利益のため、紛争解決のために尽力する。相談に来ていただいた依頼者の望みをかなえるにはどんな法的手段が考えられるか、そしてその中からどの手段を取ることが良いのか、弁護士の関与の是非も含め手続的、金銭的、時間的、物理的その他あらゆる観点からアドバイスをさせていただいている。
自らの仕事を敢えて減らそうなどというつもりはないものの、「お金を払って弁護士を入れる前に、もう一度当事者間で●●という話をしてみてください」というアドバイスをさせていただき、結果「当事者間で円満に解決が出来ました、ありがとうございました」というご連絡をいただくこともある。

法律事務所に赴いたら最後、と気負わず、ご自身の企業が抱える問題、個人の皆様にふりかかってきたトラブルでお悩みの事があれば、ぜひ一度相談に訪れていただければと思う。

1月 20, 2017

大島 正寿「バイオマスタウンを旅して」

弁護士会の環境問題委員会の現地調査で、先日、岡山県の真庭(まにわ)市を訪れた。

真庭市は岡山県北部の山間地域にあり、人口5万人弱、面積は横浜市の約2倍(828平方キロメートル)で、その8割を森林が占める。主な産業は林業および木材加工業である。

真庭市は、平成18年に国(農水省)から「バイオマスタウン」の認定を受けている。バイオマスとは、生物由来のエネルギー資源のことだが、真庭市では、木材の伐採や加工の際に生じる木くずを加工して燃料を作り(チップとかペレットと呼ばれる)、それを火力発電に利用したり、家庭用ストーブなどに利用している。地域で発生した廃棄物を利用してエネルギー需要をまかない、新たな地場産業が創出されることで地域振興にも役立つ、という画期的な試みを行っており、テレビ番組や書籍でも紹介されている。

市の観光協会が主催する「バイオマスツアー」に参加し、詳しいガイド付きで、市役所、木材会館、製材工場、バイオマス集積基地、火力発電所、などを1日かけて回り、現場での取組を見せていただいたので、地域が一体となった活性化策を実感することができた。

バイオマスタウン構想は、どこでも採用できる制度ではないが、地域の特性を生かした環境対策として参考になる事案であり、今後も検証していきたいと思う。

1月 20, 2017

左部 明宏「なぜ司法修習制度が必要なのか」

平成25年4月から平成28年3月までの3年間、最高裁判所司法研修所の民事弁護教官を務めた。裁判官・検察官・弁護士になるためには司法試験に合格しなければならないということはよく知られているが、それだけではこれら法曹になることは出来ない。司法研修所における司法修習を終了し、最後に2回試験と言われる試験に合格しなければ、法曹になることは出来ないのである。

なぜ司法試験に合格した後にさらに研修を課さなければならないのか、市場原理、自由競争に任せて、能力の無い法曹は自然淘汰されればいいのではないか、そんな声もよく聞く。確かに、司法研修所の運営や施設の維持管理、職員・教官の報酬、数年前までは司法修習生に給与が支払われており、決して少なくない税金が使われている。だから、裁判官・検察官は採用した後にそれぞれ裁判官研修・検察官研修を実施すればよいのではないか、弁護士も、法律事務所が雇用した弁護士の能力向上に責任を負えばよいし、どの事務所にも属さない新人弁護士がいたとしても、能力がなければ淘汰されるだけであり、弁護士の能力向上のために税金を使う必要はない、という主張である。もっともらしい意見であるが、おそらく法曹界の中でかような主張を支持する人はごく少数であると思われる。それはなぜだろうか。

現実的な理由としては、裁判官・検察官にとっては司法修習期間が良き人材をリクルートする機会となっているということである。司法試験の成績だけでは、その人が裁判官・検察官に適した能力を本当に持っているかを知ることは出来ない。また、人格的、精神的にこれらの職業に耐えうるか、試験だけでは判断できない。修習中に与えられた課題にいかに向き合っているか、また普段どのような立ち居振る舞いをしているか総合的に見て適性を判断することが出来る機会となっているのである。

弁護士会としては、少し違う理由がある。おそらく、弁護士として最低限の質を確保したうえで法曹として世に出さなければならない。弁護士として最低限の基準はクリアしてもらわなければ弁護士に対する信頼を壊してしまうことになりかねないと思っている。

しかし、司法修習制度が必要とされる真の理由は、このような内部だけの都合によるものではない。真の理由はもっと大きなところにある。想像して欲しい。自分や身内が事件や裁判に巻き込まれたとき、能力の劣る、人格のおかしい裁判官や検察官に事件を処理され、裁判が行われたとしたら、その判決に素直に従うことが出来るだろうか。一生に一度あるかないかのトラブルに巻き込まれ、その処理をインターネットで探した弁護士に依頼したところ、その弁護士はろくに法律も知らず、裁判の対応も素人同然だったとしたら、訴訟に負けても納得できるだろうか。その人にとって一生に一度あるかないかのトラブルである。どの弁護士に依頼するかは自由なのだから、良い弁護士と悪い弁護士を見分ける能力を持っていない者が悪いと言い切れるだろうか。そして、なによりも紛争や裁判を法に従って適切に解決するためには、能力を持った法律家がお互いの意見を戦わせることが必要なのである。きちんとした法的能力を有する者同士が真剣に争うからこそ、真の争点があらわれ、当事者の納得する解決が得られ、批判に耐えうる判決がされることになる。

司法研修所制度は、このように法治国家を維持する一つのシステムなのである。良き人材の確保が国民の信頼に値する裁判制度、検察制度の基礎となることは疑いの無い事実であるし、弁護士の質を確保することは、法治国家を草の根から支えることに他ならないし、弁護士制度に対する信頼の確保につながるのである。法曹となろうとするものを一堂に集め、きちんと教育をすることにより、一定の能力と共通の価値観を有する法曹を育てることが出来る。そして、彼らを研修所から実務家法曹として送り出すことにより、法の下、安定した紛争解決システムが機能するのである。

司法修習システムは、あまりなじみがないと思うが、このような役割を持って運用されていることを理解して欲しい。

11月 9, 2016

榎本 ゆき乃「預金等の相続について」

被相続人が財産を残して亡くなった場合、相続人間で遺産をどのように分けるか、遺産分割協議をする必要があります。そして、協議が調わなければ家庭裁判所で調停をし、それでもだめなら審判がなされて、遺産の帰属が決まることになります。
ところで、被相続人が残した財産の中には銀行預金等の預金があることがほとんどです。この預金については、法律上、遺産分割の対象にならない、というのは御存知でしょうか? 銀行預金は銀行に対する預金債権ですが、このような可分な債権は、相続によって相続人に当然に分割され(法定相続分で)、遺産分割の対象にならないというのが最高裁の判断なのです。但し、相続人の全員が遺産分割の対象とする合意をすれば別で、たとえば、不動産と預金があり、一人の相続人が不動産を相続し、もう一人の相続人が預金の全額を相続するということもできることになるわけです。言い換えれば、このような合意がなければ、遺産分割の対象にならないのです。
また、預金の場合は上記のとおりですが、では、投資信託の場合はどうか、国債の場合はどうかなど、その種類によって、それが法律上遺産分割の対象になるのかならないのかについて裁判で争われており、近時それぞれ最高裁の判断が出ました。ここでは詳細は割愛しますが、その債権の性質によって判断がなされています。
ただ、現在、相続法の全体について改正が検討されており、上記のような可分債権の当然分割についての見直しも検討事項の一つとなっています。預金は、不動産などとは異なり、遺産を分割する場合の調整として有用であるため、上記のように、合意がない限り当然分割として遺産分割の対象とならないというのは不合理だという考え方もあり、今後の法改正で、預金等の可分債権も、合意なくして遺産分割対象財産となることになるかもしれません。
相続法制改正の動向に注目しています。

10月 14, 2016

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